英語が得意でない人。まずその負け犬根性どうにかしろよ

2015年8月11日

日本を離れ、バンコクに居を移してから、はや9ヶ月が経ち、
すっかりタイでの生活にもなじんでいる今日この頃。

世界的に見てかなり大きなサイズの都市バンコクでは、本当にたくさんの人種がいる。
もちろん使われている言語の種類も様々。

そんななか拙いタイ語や英語でコミュニケーションをとって仕事をしている人はたくさんいる。

日本人でよくいるのが、英語が全然話せないから、
相手に申し訳ないと思ってしまって萎縮している人の多さ。

「英語が話せない = 相手に申し訳ない」

こう自然に関連づけて、考えてる日本人は本当に沢山いる。

英語は単にコミュニケーションのツール

先日、バンコクで働く日本人エンジニアの方たちと飲んだんだけど、
こちらでフリーランスとして働いている人がすごく面白いことを言っていた。

彼は多国籍な人が集まるコワーキングスペースで普段仕事をしている。
共通言語は英語、とはいっても多国籍なのでネイティブスピーカーは少ない。
もちろん各々訛りはあるし、完璧ではないにしろかなり高いレベルで意思の疎通はできてる。

そんななか、彼は「ネイティブ英語を話す人は逆にハブられる」といっていた。
英語ができるできないでなく、通じないから。意思疎通が出来ないから。

「正しい英語」が必ずしもネイティブの英語であるわけではないし、
言語は結局コミュニケーションのツールでしかない。

今後どんどんグローバル化が進んで、そうゆう流れになって行くとおもう。

日本人で英語で話しかけられて、ああ話せなくてすみません。。って思って萎縮しちゃう人いるけど、(バンコクでもそう)そうゆう負け犬根性どうにかしろよ。

こっちは第二言語話してて、相手は母国語なわけじゃん。自信もてよ!って思う。逆にネイティブの方が日本語で話しかけたきたら嬉しいし、こっちもゆっくり話そうと思うよね?配慮してくれないのは、そいつの性格が悪いだけだ。

結局言語はコミュニケーションのツールな訳だし、そんな萎縮した態度じゃ自分の言いたいことも言えないし、そもそも伝えようと思ってないと、何も伝えられないよ。

もちろん、しっかり意思疎通できるってのにこしたことはないけど、
コミュニケーションのツールってことを忘れちゃ行けないなって思った。

きっと重要なのはリアルな言語の能力よりも、そのコミュニケーションのマインドだと思う。